2011年 12月 07日
嬉しかった |
おはようございます。 女将です。
先日、横浜から一人の青年がいいづかを訪ねてきました。
「父が愛してた蕎麦屋さんにどうしてももう一度来たかったんです」と一言。
彼のお父様は広島に単身赴任中いいづかにいつも通ってくださってました。
とても穏やかでお蕎麦が大好きな方でした。
まだ開店したばかりの頃、途方に暮れる事も多かった私達を暖かい笑顔で励ましてくださいました。
広島を離れられた後、新蕎麦の時期には毎年横浜にお蕎麦をお届けし、家族で召し上がっていただいておりました。
ところが病に倒れ、今から8年前、50代の若さでこの世を去られました。
この頃彼はまだ中学か高校生だったと思います。
奥様をはじめ三人の子供さん達はどんなに気落ちなさったことか。。
お客様にはずっと元気でいてもらいたい。 と願っておりますが人は皆、寿命があります。
女将だっていつかは死にます。
だからお越しくださった時には精一杯おもてなしがしたい、といつも思っておりますが、
こんな女将なので不行き届きが沢山あることでしょう。
許してくださいね。
立派な社会人になった彼が、わざわざ横浜から訪ねてきてくれたことが嬉しくて、嬉しくて、柄にも無く涙が溢れました。
優しい心に育てられたご両親を尊敬します。
この気持ちを大切に、私も深い愛情でいいづかと共に育っていきたいと切に願いました。
私の心に「暖か」を灯してくれた彼に感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとう。
先日、横浜から一人の青年がいいづかを訪ねてきました。
「父が愛してた蕎麦屋さんにどうしてももう一度来たかったんです」と一言。
彼のお父様は広島に単身赴任中いいづかにいつも通ってくださってました。
とても穏やかでお蕎麦が大好きな方でした。
まだ開店したばかりの頃、途方に暮れる事も多かった私達を暖かい笑顔で励ましてくださいました。
広島を離れられた後、新蕎麦の時期には毎年横浜にお蕎麦をお届けし、家族で召し上がっていただいておりました。
ところが病に倒れ、今から8年前、50代の若さでこの世を去られました。
この頃彼はまだ中学か高校生だったと思います。
奥様をはじめ三人の子供さん達はどんなに気落ちなさったことか。。
お客様にはずっと元気でいてもらいたい。 と願っておりますが人は皆、寿命があります。
女将だっていつかは死にます。
だからお越しくださった時には精一杯おもてなしがしたい、といつも思っておりますが、
こんな女将なので不行き届きが沢山あることでしょう。
許してくださいね。
立派な社会人になった彼が、わざわざ横浜から訪ねてきてくれたことが嬉しくて、嬉しくて、柄にも無く涙が溢れました。
優しい心に育てられたご両親を尊敬します。
この気持ちを大切に、私も深い愛情でいいづかと共に育っていきたいと切に願いました。
私の心に「暖か」を灯してくれた彼に感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとう。
by okamipon
| 2011-12-07 10:14
| なにげなく